海外研修レポート

佐藤 大気

留学者の情報

氏名佐藤 大気
所属生命科学研究科 進化生物(河田研)
留学期間2019年2月 - 2019年9月
海外研修の受入先ウプサラ大学

はじめに

東北大学大学院生命科学研究科博士後期課程3年の佐藤大気と申します。GPDSのプログラムを利用して、2019年2月28日から9月6日までの約半年間、スウェーデンのウプサラ大学に留学させていただきましたので、その際の体験を綴ろうと思います。

satou_1 研究室のある建物。
satou_2 ウプサラ大聖堂と前を流れるFyris川。

留学前の準備

以前から学生時代に留学を経験しておきたいと考えていた折、GPDSのプログラムはこの願いをちょうど叶えてくれるものでした。学部時代から様々なプログラムや旅行等で海外での滞在は経験していましたが、それらはどれも1ヶ月以内の短期のものが多く、半年にわたる滞在は今回が初めてでした。英語能力については、これまでの海外での滞在や論文執筆等の経験からそこそこ自信があったこともあり、また今回の目的はあくまでも研究なので、留学のために特に準備したことはありません。思ったことがスラスラと言えずに困ることも多々ありましたが、相手も同じ人間であるし、向こうの信頼さえ得られれば、話は聞いてくれると感じました。

留学先については、研究室の准教授(当時)の先生が以前に滞在していたウプサラ大学(スウェーデン)のLeif Andersson教授の研究室を紹介していただきました。ニワトリ、ウマ、ウサギなど家畜動物の進化遺伝学を中心テーマに据え、毎年のようにNatureやScienceなどいわゆるビッグジャーナルに論文が掲載される大きな研究室です。これまで滞在したことのない北欧の国というのも何だかおしゃれな感じがして、不安よりも期待が大きかったように思います。留学先で行う研究については事前にメールでやりとりをし、いくつか候補を提示されていました。そのうち一つ(家畜ウサギの脳の進化)が自身のこれまでの研究との融和性も高かったので、こちらからもアイデアを出してメールで研究案を議論し、それを元に手に入る範囲のデータを用いて事前に解析を行ったりしていました。この結果自体は結局お蔵入りとなりましたが、身についた解析手法は後々役に立ちました。他に提示された研究や、滞在先研究室の他のテーマについても先行研究を読み、ラボ内の会話についていけるようにと準備しました。また、滞在先で使えたらいいなと思い、少しスウェーデン語を勉強していましたが、向こうの人はみな英語が流暢で結局使う場面はほとんどありませんでした。僕自身は、留学先の選定や研究テーマの設定についてほとんど困ることはなく、周りの方々に恵まれ、大変幸運であったと思います。

向こうの先生が冬の間はアメリカの研究室にいることもあり、春夏に留学する事は決めていましたが、当時行っていた実験の都合等もあり、具体的な留学日程がなかなか決まりませんでした。僕は留学開始3ヶ月ほど前にビザの発行手続きを始めたのですが、大使館から書類が届くのに1ヶ月半ほどかかり、少し焦った記憶があります。また、滞在先のアパートを手配するため、早めに向こうのHousing officeに連絡したものの、空いている部屋がないと言われたきり放置され、なかなか決まらずに不安だったことを覚えています。何度かpushしてようやく(その間3ヶ月ほど)部屋が決まったのですが、半年の滞在期間中に3つのアパートを転々とすることになりました(これは後々後悔する羽目になりました)。留学の半年〜3ヶ月前には滞在開始日・終了日を決め、早め早めに動くことをオススメします。その他に、新聞/郵便/電気・ガス・水道/携帯・インターネットの解約・変更手続き、海外旅行保険や航空券の手配など細々した作業・手続きが多く、こうしたものが苦手な自分にとっては、なかなか大変な日々でした。また、運ぶものが多いからと、かなり大きなスーツケース(120L)を買いましたが、何より運ぶのが大変だし、飛行機に乗る際、重量制限を大幅に超え、超過料金どころか持ち込みを断られそうなこともあったので、あまりお勧めしません。諦めて身軽に行きましょう。

留学先での生活

研究室での滞在初日は、建物や設備の規模・システムの違いに圧倒されました。あらゆる設備・機器が事前予約制で、各人の責任範囲が明確であったり、それでいて属人的でないシステムが構築されていたりと、合理性を第一に考える精神性にも感心しました。そして何より、心にゆとりを感じる北欧インテリアやコーヒー文化に、時間の流れ方が違うなあ。。そりゃ、毎年毎年大きな論文出すわけだわ。。。と妙に納得したのを覚えています。また、家族との時間を大切にする文化が根付いているので、午後4時過ぎにはもうみんな帰っているという生活が新鮮でした。「ここは日本じゃないんだからリラックスしなよ」と言われ、滞在の前半は特にコンピューターでの解析が主だったこともあり(なんなら家でもできるので)、僕も早めに帰宅して色々なところを散策していました。夕方以降は自由な時間、という感覚はなかなか気持ちの良いもので、大学からの帰り道で野ウサギが跳ねていたりと、あの長閑な時間は本当に幸せでした。一度日本に帰るとなかなか実行できませんが、あんな場・空気感が浸透していったら良いなぁと思います。また、これはスウェーデンに限らないと思いますが、向こうでは年齢や性別関係なくファーストネームで呼び合うのが普通で、これは学生やポスドク、教員といった立場に関係なく対等な議論を行う意識的な下地に一役買っていたような気がします。僕も日本にいる間はAndersson教授とメールで書いていたものの、到着初日から思い切ってLeifと呼び捨てにすることにしました。

さて、滞在初期には、せっかくのビッグラボで研究できるチャンスを活かさないと、とにかく自分の能力をアピールして向こうの信頼を得なければ、という思いで日々研究を行なっていたように思います。あらゆるミーティング(研究テーマごとに毎週1時間のミーティングが設定されていました)に参加し、昼飯も惜しんで(実際には慣れない料理が面倒だっただけ)塩おにぎり片手にパソコンに向かうような生活を送っていました。拙い英語ながら、自分の能力を示そうと必死で解析し、結果を出し、発言していました。現地を去る際、「最初の頃はちょっとストレスがかかっているように見えた」とLeifに言われましたが、その通りだったと思います。そんな日々が1ヶ月ほど続いたのですが、同室に後から来た中国人ポスドクが非常にオープンな方で、一緒にお昼ご飯を食べようと誘ってくれたところから、周りのメンバーとの距離感も徐々に近づき、少しリラックスして研究室を楽しめるようになりました。彼女には本当に感謝しています。また、暗く寒い冬が終わり春(初夏?)が近づいてくる頃になると、国内外でのサンプリングや実験の計画が進んだり、あるいは休日にはマラソン大会やお祭りがあったりして、徐々に外に目が向くようになっていきました。

滞在後半(6月中旬〜)からは、新たな研究に従事し始め、実験的な作業が多くなったことから、結局日本にいた時のような、朝から晩までベンチに陣取るような生活になりました。最初の頃は、日本では当然のように行なっていたごく簡単な実験もうまくいかず、一つ一つ、しらみつぶしのようにトライアンドエラーを繰り返す日々に大変苦労しました。。現地での滞在期限も迫る中、長期休暇を楽しむ他のラボメンバーを尻目に、来る日も来る日もPCR。8月に入り、ようやく期待していた実験結果が出始めた時は本当に嬉しかったことを覚えています。Leifに結果の図を見せ、「この実験に関して今まで見た中で一番綺麗な結果だ」という言葉をかけられた時は、お世辞とは分かっていても身にしみました。

satou_3 毎週金曜日午前にあるFikaの時間。週の当番がケーキを持ち寄って、みんなでコーヒー片手に和気藹々と話し合う。
satou_4 スペインとフランスにまたがるピレネー山脈麓のLleidaの街並み。別荘地として人気らしく、我々も誰かの別荘の一室を借りて泊まっていた。写真手前の空き地でも研究対象のカナヘビがサンプリングできた。
satou_5 ニシンのサンプリングのため、研究室のメンバー数人でバルト海(ボスニア湾)まで釣りに出かけた。同乗の漁師さんはレーダーに魚群が見えると言っていたが、結局この日は一匹も釣れなかった。写真はターゲットではないイトヨを釣り上げて喜ぶLeif。
satou_6 フィンランドでの国際学会のバンケットでは、テーマパークとなっているムーミン島を訪れた。写真は明るいが夜6時ほど。

平日は朝8時から午後5時くらいまで研究室、その後家に帰ってからは Netflixでドラマを見たり、料理をしたり、あるいは日本の仕事をしたり、という生活を送っていました。休日は博物館や美術館に足を運んでみたり、あるいは少し遠出して別の街に行ってみたり、近くの祭りに参加したり、また周辺の散策がてらよくランニングをしていました。外食が高く、飲み会文化がない(夜は家族と過ごす)土地柄、食に関してはあまり満喫できなかったかもしれません。たまに自分へのご褒美としてバーガーキングに行くのが楽しみでした。

上にも書きましたが、スウェーデンの人はみな英語を流暢に喋れることもあり、また日本に比べてゆったりとした生活を送っていたこともあって、日々の生活面で苦労することは少なかったように思います。ただ、いくつか注意が必要な点や予想外の苦労があったので以下に挙げます。

まず、僕にとって最も大変だったことは、毎日の朝昼晩ご飯を自炊しなければならないことです。現地では外食(学食含む)が高く、ほとんどの人がお昼ご飯を持参して共有スペースでみんなと食べる、という形をとっていました。日本ではほとんど学食で済ませ、週末くらいしか自炊していなかったので、大したものも作れず、また料理に頭を使うのが面倒になってしまい、途中から結局、1週間同じものを、しかも(レパートリーが少ないので)3週間おきのローテーションで食べ続けるような生活になりました。帰国直前には、これ以上続けるとそろそろ健康に支障が出ると感じたので、特に物価が高い地域に留学される方は自炊スキルを身につけておくことをオススメします。

お金の使い方に関しても少々日本との違いがありました。まず学内では全てカード決済で現金を扱っておらず、また街全体としてもカードが主流のため、本当に現金が必要な場面がありませんでした。僕自身、カードで十分だろうと高を括っていたので、そもそもあまり現金を持って行きませんでした。そんな中、初日に研究室のカードキーをもらうため事務にいったところ、デポジットとして現金を要求され、街中の銀行まで両替をしに戻る、ということもありました。他にも、家賃は毎月カード引き落としだったのですが、ある月に契約時に払ったデポジットの返金があり、先方の手違いでこれを10万円くらい余分に返金し過ぎてしまう、ということがありました。これをすぐに返却してほしい、と言われたのですが、カードの決済は2ヶ月後ですし、毎月カツカツの生活を送っている中で、ポンと出せる10万などどこにもありません。そもそも手元に現金を持っていないのです。また、ネット上で見られるクレジットカードのポータルサイトでは返金分は表示されておらず、何らかの詐欺の可能性も想定されました(結局、処理に数週間の時間差があっただけなのですが)。これに関してカード会社に問い合わせたところ、電話で本人が直接連絡しない限り確認はできないとのこと。その時点では全ての連絡はインターネット(メール等)で済ませていたため、電話番号を持っていなかったのですが、このためだけにSIMカードを購入し電話することになりました。結局、返金分を確認後、10万円分の追加の家賃を支払うことで(細かい相場の変動によりこちらが不条理に損したことを除けば)解決はしたのですが、これらのやり取りはかれこれ1ヶ月ほど続き、なかなかストレスでした。ただ、電話番号に関しては、その後も使用の機会が多々あったので、(当たり前かもしれませんが)作っておくことをオススメします。

また、上でも少し触れましたが、僕はスウェーデン滞在中に3つのアパートを転々としましたので、現地のアパート事情について少しだけ触れたいと思います。まず、家賃に関しては、それぞれ10, 7, 6万円程度だったと思います。最初のアパートは家族用の3LDKで大変広く、気持ちよかったのですが、一人暮らしには持て余しました。次のアパートはジムがついていて立地も中心地に近く良かったのですが、建物の改修工事のため一月しか住めないと言われてしまいました。結局、最後のアパートに4ヶ月間住んだのですが、ここは一階がスーパーという大変便利な立地でした。特に希望を出したわけではなく、Housing Officeがここしか空いてない、と提示してきた所にそのまま決めましたが、住み心地はどこもそれなりに良かったように思います。設備に関して、どこもWifiは完備していて、回線の速度もそこそこでした。洗濯機は掲示板なりオンラインなりでの予約制でしたが、どこも5日〜1週間に一度しか使えなかったと思います。また、これはおそらく少数ですが、二つめのアパートにはジムがあり、天気が悪い日や石畳で膝を痛めた時など、ランニングマシーンをよく利用していました。家具や寝具はどこも揃っていましたが、調理器具は揃っていない所もあり(あるいは汚かったり)で、大きな鍋やコーヒーメーカーなどは都度買うなどしました。二つ目のアパートを除いては学生寮というよりは研究員向けのアパートということもあり、共用のスペースはあまり無かったため、ほかの部屋の人との交流はほとんどありませんでした。

困ったのは引越しの時で、僕は大きなスーツケース二つに加えて現地で中古自転車を購入したため、とにかく移動が大変でした。Housing Officeには退去日の朝に鍵を返却しに行かなければならず、一方で次のアパートの鍵を受け取れるのはその日の午後ということで、その間に荷物を置くあてがありません。そのため、鍵を返却した後、一旦ラボに全ての荷物を持っていき、午後にまた全てを抱えてHousing Officeのある街中に戻り、そこから次のアパートに向かう(さらにその後自転車を取りにラボに戻る)、という大変難儀な行程を引っ越しの度に踏まねばなりませんでした。家探しに関して、僕はあまり深く考えずHousing Officeに一任していましたが、他の人に聞くと、ネット上(Facebookなど)で家を貸してくれる人を探した、という人も多かったです。種々の手続きもありますし、多少の家賃には目をつむっても、引越しの回数は少ないにこしたことはない、というのが僕の感想です。

satou_7 スウェーデン滞在3日目のアパートにて。最初の1ヶ月はやはり天気が悪いことが多く、寒かった。滞在初日に早速中古の自転車を買ったのは正解で、日々の通学や買い物に大変役立った。
satou_8 二つ目のアパートは1階にジムがあったのでよく利用した。たいてい誰もおらず、ましてランニングマシーン相手に本気になるものなどいなかった。
satou_9 大河ドラマでも放映されたらしいストックホルムの運動競技場。人生初のフルマラソンは3時間42分と、後半失速してしまい目標には届かなかった。次回の記録更新を目指して日々ランニングに励んでいる。

得られた成果・帰国後の変化

今回の留学期間中には、(1)家畜ウサギの脳トランスクリプトーム解析、(2)体色多型を持つカナヘビ類の神経生理・行動学、(3)大西洋ニシンの非コードゲノム領域解析という、材料も手法も共同研究者もそれぞれ異なる計3つの研究に従事しました。 このうち(1)については、データ解析が主で、前任者が扱いきれなかった部分について、僕が結果をまとめて論文にするという仕事でした。これについては事前の準備もあって順調に解析・論文執筆は進み、滞在中に結果をまとめることができました。現在論文を投稿中です。 一方、当初の目論見としては(2)をメインに進める予定だったのですが、サンプリングの許可がなかなか下りなかったり、実験パートの共同研究者とも予定が合わなかったりしたため、サンプリングや行動実験で若干のお手伝いはしたものの、実質的に研究に関わることはできませんでした。ただ、6月初旬のピレネー山脈麓でのサンプリングは非常に良い経験になりましたし、何よりとても楽しい思い出となりました。また機会があれば訪れたい町です。 滞在後半からは、(2)が中止になったこともあり、向こうの先生とも相談して(3)に従事し始めました。これは先行研究を参考にラボのプロトコルを立ち上げる、というもので、自分自身経験のない実験・解析に大変苦労しながらも、なんとか滞在期間中に実験プロトコル・解析パイプラインの大枠を固めることができました。現在も後任の方と適宜連絡しながら、解析と論文執筆を進めているところです。 最後に、留学先での研究についてではないのですが、現地滞在中にイギリスとフィンランドで開催された国際学会の口頭発表に運良く採択され、発表を行いました。初めての国際学会での口頭発表で大変緊張しましたが、発表後に質問を受けたり、知人の輪も広がったりと、得たものも大きかったように思います。

8月下旬の国際学会での発表後、日本への帰国直前になって、ようやく実験がひと段落つきました。その結果を最後のミーティングで報告し、その後Leifの部屋で別れの挨拶をしました。二人だけでじっくりと話すのは、実はその時が最初で最後だったかもしれません。細かい言い回しは忘れましたが、半年間の頑張りを評価していただいて、「大気は良い研究者になれるよ」と言われた時はジンとくるものがありました。最終日には仲良くしてくれた中国人ポスドクの方達が小さなパーティを開いてくださり、お互いの健闘をたたえました。そのうちの一人は現在学振PDで日本に来ており、頻繁に連絡を取り合っています。

終わってみると、最初の1、2ヶ月は長く感じましたが、その後はあっという間だったように思います。生活上の細かい苦労は当然ありましたが、それを補って余りある充実した研究生活やアクティビティを堪能できたことは、僕の人生にとって大きくプラスに働くと確信しています。滞在終盤で国際学会に参加した際にも、この留学中に出会った人やその友人など話し相手が多く、世界中に知人の輪が広がったことに大きな喜びと居心地の良さを覚えました。

今回の留学中、Leifには何から何までサポートしていただき、大変お世話になりました。また、留学を実現させてくださったGPDSの方々や河田先生、牧野先生には本当に感謝しております。この場をお借りしてお礼申し上げます。

以上、長くなりましたが、何かの参考になれば幸いです。

satou_10 ありがとう、Leif。