海外研修レポート

岩村 悠真

留学者の情報

氏名岩村 悠真
所属医学系研究科 酸素医学分野 鈴木教郎研究室
留学期間2023年12月 - 2024年11月
海外研修の受入先Sergiu-Bodgan Catrina, Department of Molecular Medicine and Surgery, Karolinska Institute, Sweden

はじめに

2023年末から2024年末の1年間、スウェーデン・カロリンスカ研究所のSergiu-Bodgan Catrina教授の研究室にGPDSのご支援のもと留学させていただきました。1年間、ご指導ご鞭撻をいただいたSergiu教授、研究を監督していただいたXiaowei Zhang先生とJacob Grünler先生にこの場を借りて感謝を申し上げたいと思います。

iwamura_01 Sergiu教授のラボの基礎研究チームでの集合写真。臨床系がメインだということもあり、基礎研究チームは非常に少人数で回っていました。左から私、Jacob先生、Sergiu教授、Xiaowei先生、インターン生のPeyinさん

留学前の準備

留学したいと思ったきっかけは、理学部で配属された分子生物学分野(大橋一正研究室)にGPDSのOGである二宮小牧さんが所属しており、GPDSのことや留学の計画を聞いたことです。学部時代に東北大学には国際共同大学院というシステムがあることを知ることができたのは幸運だったと思います。また同じくOBの佐藤大気さんからプログラミングを教えてもらっていたことも後押しして、博士号取得までに一度は留学することを実現するために、GPDSプログラムに申請することを決めました。

ということで、大学院からの所属研究室となる鈴木教郎教授にはラボ訪問のときから留学することを相談しており、進学直後から滞在先の選定や研究テーマの議論など、他大なご協力をいただきました。本格的に留学の準備を開始したのは、D1の終わり頃で、最初の研究テーマである胎仔発生研究に目星がついた段階からでした。その成果をD2の5月に開催された国際学会で発表しましたが、その学会にSergiu教授のラボ所属のXiaowei先生が参加されるとのことだったので、そのときに顔合わせも含めて留学について打ち合わせをしました。学会終了後はプロジェクトをZoom上で詰め、胎仔論文の提出をした2023年12月から留学を開始しました。(この論文のアクセプトは結局、留学先から帰る直前の2024年12月でした。)

VISA申請関連についてですが、まず、在留許可の申請は次のブログを参考にさせていただきました【3】。他にもGPDSのOBで、スウェーデン ウプサラ大学に留学された佐藤さんのレポートも参考にしました【4】。住居はカロリンスカ研究所が管理している1年間限定のアパートがあったので、ここを申請することにしました。契約がWeb上で完結し、研究室へは徒歩10分で立地も良く、相場もストックホルムの割に安かった(1R・キッチン共用で約12万円/月とそれでもかなり高かったですが)のも決め手でした。8月中旬には在日スウェーデン大使館へ申請書類一式を郵送し、9月はじめには在留許可がメールで届きました。10月には、アパート契約の完了もメールで確認し(迷惑メールに振り分けられており、契約締切まであと3日で焦りました)、留学開始まで問題なく進みました。並行して、日本での出立準備も進め、アパート解約と夏用の衣類等を日本郵便の船便で送付する手続きを済ませました。船便は送付から3-6ヶ月後に届くので、タイミング的にちょうど良いです。ただ、品目リストを不必要に書いたため関税を10万円ほど支払う必要があり、懐事情を厳しくしてしまったのが反省点です。

また、留学してから知ったのですが、様々な手続きに必要となるパーソナルナンバーの発行には滞在期間1年(366日)以上が必要だということです。これは、例えばスウェーデンで支払いによく使用されているSwish(Paypayみたいなもの)や、スウェーデン銀行口座の開設、夜間に飲食するための購買機の使用など、至る所に関連しています。特にラボの方や他の友達と食事をするときSwishを使って割り勘にすることがほとんどだったので、毎回、面倒をかけていました。申請を1年以上にしておけば夜間、空腹に悩むことも、細かいストレスを感じることもなかったのかなと思っております。

留学先での生活

カロリンスカ研究所の雰囲気ですが、世界Top5の医学研究機関ということもあり、研究環境は非常に良かったです。まず、研究所の外装・内層が非常に洒落ており、かつ開放的な構造になっていました。いたるところにコーヒーサーバーやカフェがあり、いつでもどこでもFekaや研究のディスカッションができるような空間が広がっており、、同僚と楽しみながらサイエンスをする、欧州スタイルを体感しました。また、イベントごとにも熱心に計画・参加しており、例えば12月には研究所内の有志の方で結成された聖歌隊がサンタ・ルシアを歌っていたり、同フロアにある研究室ごとでパーティーをしたりすることも頻繁にありました。

iwamura_02 カロリンスカ研究所構内のスナップショット。デザインが凝っていてサイエンスがやりやすい合理的なつくりになっていると感じた。個人的に嬉しかったのはコーヒーサーバーではエスプレッソやラテなど入れられる種類が豊富なことです。「ルンゴ」と呼ばれる種類をなんとなく好んで飲んでいました。

また、顕微鏡などの機器もほとんどが最新で、申請すれば多様なコアファシリティとその専門技術者の手厚いサポートが何でも利用できます。私はよくBIC(Bio-Imagin Core)を利用させていただき、最新型の共焦点顕微鏡に加え、スピニングディスク式ワイドフィールド顕微鏡やライトシート顕微鏡、また空間トランスクリプトーム技術について学ぶ機会も得られました。コアファシリティ以外にもメーリングリストなどでラボ間の機器や試薬の貸し借りも頻繁にあり、オープンな環境だと感じました。他にも、例えば私も発表者として参加した糖尿病系領域のリトリートは、スウェーデン東部のLidingönのホテルを貸し切って開催されました。参加者が100名以上いて2泊3日だったのですが、参加費用はゼロでした。協賛企業として即効性インスリンなどを販売している大手のノボノルディスクファーマが大部分を支援しているとのことでした。このようなリトリートはDepartmentごと・研究領域ごとに割と頻繁に開催されているとのことだったので、環境や資金規模が全く違うのだなあと、帰還後の今もしみじみ感じています。

滞在先ラボでの活動についてですが、Sergiu教授は臨床がメインというのが大きく、基本、日中は臨床医として診療業務があるので、腰を据えて議論するのは月1-2回のミーティングのときだけでした。そのため、実質的に基礎研究チームリーダーのXiaowei先生の指示のもと、糖尿病下におけるマイクロRNA(2024年ノーベル生理学・医学賞受賞研究)の役割を解析する研究プロジェクトに参画することになりました。この傍ら、自身が持ちこんだ共同研究テーマの貧血と糖尿病の連関研究を進めつつ、スウェーデンのヒト臨床データベースを駆使した研究を模索していました。

マイクロRNAのプロジェクトには、ある程度の知識があるということで組織学的な解析で貢献することになりました。マウスやヒト患者から採取された組織サンプルをミクロトームで薄切して、染色、コアファシリティの顕微鏡でイメージング、の一連の作業を行うのが仕事になりました。ただ、ラボにストックされている抗体リストはおろか、染色試薬やプロトコルすら整備されていなかったので、まずは解析系の立ち上げから始めることになりました。このときから分業制が色強いことを実感し、Sergiu教授のラボだけでなく他ラボも同様に、やりたいことはできる人に任せよう、という雰囲気を感じました。日本では割とだれでも当たり前にできる組織染色の結果を見せて褒められたのは、なんというか複雑な気持ちでした。

iwamura_03 組織学的解析が主な仕事でした。左は腎臓の蛍光免疫染色、右2枚は皮膚の免疫組織化学染色スライドをコアファシリティの共焦点顕微鏡(LSM900 Zeiss)やスライドスキャナ(Axioscan.Z1 Zeiss)で撮像したものです。

得られた成果 帰国後の変化

研究面については、私の組織学的解析結果から創傷治癒に関する新しい研究テーマが発足したり、論文化目前のプロジェクトについても不足していた結果を補ってくれたとお聞きしたので、少しは貢献できたのではないかなと思っております。また、私自身の研究テーマへの応用に関しては、Sergiu教授のラボで学ばせていただいた糖尿病に関する知識やアイデアを組み込んだ申請書が日本学術振興員 特別研究員の研究テーマとして採択されました。現在は、この計画のもと研究を進めています。今は解析系の立ち上げが終わり、ようやく結果が出始めましたところです。貧血と糖尿病が思わぬ経路で連関していることがわかってきており、非常にインパクトのある研究成果へ結実することを期待しています。

生活面については、留学前の崩壊したワーク・ライフバランスや食生活が是正されました。今は、18時には仕事を切り上げて帰るようになりました。食事も、スウェーデンの方々はベジタリアンが多く、健康意識が高かったこともあり、私も感化されて野菜を摂取するように気をつけるようになりました。健康は永く楽しく働くためにも重要ということだったので、将来への投資として今後も継続するつもりです。

また、日本というか人にとっての母国はいいところだと思います。習慣的に大体のことが予測の範疇に収まるので、どこでも安心して生活できるからです。だからこそ100%のパワーで研究に取り組めているように感じます。スウェーデンに留学中は、慣れない環境、言語も堪能ではない、なんならスウェーデン語で話しかけられることもある、という不安定な生活条件が基盤だったので、大小関わらずストレスを頻繁に感じ、研究に全力を向けることはできず、やるせない気持ちを常に感じていました。

それでも頑張り切れたのは、こんな見ず知らずの日本人に対してSergiuラボやシェアオフィスの近くの方々が気にかけてくれたり、同じような立場にある他国からの留学生との交流があったりしたからだと思っています。裏を返せば、今まさに海外から日本に留学し研究に取り組んでいる方々が、日々のストレスと向き合いながら日本で生活し、目覚ましい成果を挙げていることに、尊敬の念を抱きました。

iwamura_04 8月に行ったBBQパーティーのときの集合写真。このときは臨床チームの人や関連分野、OB・OGの方々も参加されており、どんな方がSergiuラボに関係しているのか知る機会が得られ、Sergiu教授の実力を改めて実感しました。

おわりに

最後に留学を考えている方へ、余計なお世話ですが何個か提言をさせてください。まず、スウェーデンの冬は想像以上に寒いので防寒着がないと無理です。ダウンジャケット、帽子、手袋、ブーツは必須です。私は想定が甘く、出発直前に鈴木先生から若干怒られて、ニット帽を譲ってもらいました。一方、室内はセントラルヒーティングが効いていてどこでも温かいのですが、乾燥しているので保湿剤・リップクリームも必要だと思います。

また、スーパーは現金対応してくれるので、一応現金は持っていった方がいいと思います。着地後、クレジットカードが使用不可になりあうやく餓死するところでした。ただ、物価が高く、大体日本の相場感覚から1.5-2倍くらいなのは覚悟したほうが良いと思います。あとシェアキッチンが想像以上に汚いので資金に余力がある方であれば個人用キッチンがある物件を強く推奨します。ヌードルが流しに捨てられていて詰まっていたり、料理を作ったボウルなどがキッチンに放置されていたりということがほぼ毎日にありました。

情報科学系に所属されている皆さんの興味がどんなものなのかわからないのですが、スウェーデンは電子化が進んでいることに付随して、患者さんの臨床データがかなり確立された状態でデータベース化されています。カルテ情報や生理学的検査による数値情報だけでなく組織や生検サンプルも10年単位で保管され、ほとんど手つかずで残っているようです。なので、ぜひ皆さんの力を駆使して研究してくれたら、医学に携わる研究者として嬉しいです。公募も沢山あるようなので、もし興味があったらアプライして見てください。

また、もし状況が許せば、1年以上の留学を勧めたいです。私はSergiu先生からの勧めで1年にしました。精神的には最初の3ヶ月は初めてが沢山で非常に楽しく、次の3ヶ月は環境にも慣れて落ち着き、研究が進み始めて楽しくなる頃合いだったと思います。ただ、ちゃんと先方のプロジェクトに貢献できたのは最後の6ヶ月間だけだったと思います。その頃は留学したての浮ついた気持ちの反動が来ており、毎日帰りたい気持ちでした。「留学」に付随する研究・生活面の苦楽を両方実感するのに、最低1年は必要だったと思います。わざわざ辛い思いをする必要もないとは思いますが、あの辛かった日々を乗り切ったという事実が、次の一歩を踏み出すために必要なエネルギーになったと思っています。

謝辞

この留学には沢山の方々からご支援・ご協力をいただきました。留学に際し研究計画の議論をしていただいた鈴木教授と中井先生、酸素医学分野の皆様には心より御礼申し上げます。かなりご心配をおかけしたようで定期的にオンラインやメールでやり取りしたり、学会・出張のついでにご訪問していただいたりしていただきました。また、ホストラボとして受け入れてくださったSergiu教授ならびに研究指導をしてくださったXiaowei先生、Jacob先生にも感謝申し上げたいと思います。他にも、ラボや研究所について教えてくれたPhD候補生のBoさん、島利さん、Allanさん、デスクが近いことで昼食をよくご一緒させていただいたJuliaさん、Johnさn、Aidaさん、Eftyさん、Rawanさん、組織解析のご相談をさせていただいたMariette先生、Shinさん、スウェーデンでの過ごし方を教えてくれたAdrianさん、田中茂先生、藤野さん、カロリンスカでPIをされており鈴木先生の旧友ということでなにかとお助けいただいた菅野教授、フランス留学中に様子見にきてくれた友人の高塚さん、日本料理を振る舞ってくれた中井戸さん、BICでのイメージング中によく雑談や今後の研究計画についてご相談させていただいた金谷先生と高松先生にも心から御礼を申し上げます。